いわゆる長文

投稿者: | 2014-10-19

この記事で書いているくらいの分量で長文というのかどうか分からないが、キーボードを覚えたてで入力も覚束ない状態の人からすると十分に長い文章だし、もしかしたら今ではTwitterの文字数制限140字を超えた辺りからも長文と考えられるようになるのかもしれない。
電子メールの世界では、要件を書くのに簡潔に短く書くのが推奨されていて、余剰的な部分が多かったり段落が多かったりするとそれは長文に相当するから、予め見出しや本文の最初のほうで長文である旨の断りを入れて、時間があるなら読めと選択肢を与えるようにと、RFCか何かのマナーで言われた事さえあった。
自分の場合で言うと、そのいわゆる長文というのは、手書きをするとなるとまた話は別だが、キーボードから入力するということでは特段、苦にならない。小説や論説文その他のように、何度も読み返し推敲してというプロセスを経なければならないとしたら時間もかかるし簡単には書けないのだろうけれど、ここで書いている文章のようにほぼ話し言葉に近い状態で、ほとんど読み返し、書き直しもしない状態であれば、思いついた事が文字になるようにキーボードを打鍵する操作を無意識にするだけなので、作業として難しい事では無いのである。
弊害として、後で一度でも読み返すとほとんど文章になっていないことも多いし、今こうして打鍵していて気付いたのだが、一文がかなり長い。
要するにこういうブログの文章などは、Twitterでのつぶやきの延長のように、思いついた事をただ打鍵しているに過ぎないので、そうなる。
今はAOUR配列を使っているが、当初はローマ字入力で、その入力方法を習得した時から、当時のワープロ専用機を使ってこういう思いついた事をどんどん入力していくということをしていた。これがエッセイのようなものなのか何なのか、今思えばきっとTwitterのツイートに匹敵することを、だらだらと長文で打鍵して入力していただけである。
後で読み返すこともほとんどないが、そんな文章を毎日それなりに書いていた。
書いていた……とは言えないかもしれないが、そんなことをしていた時期がある。最初はワープロ専用機のそういうメモ用ファイル、パソコンを使うようになってからはテキストエディタでテキストファイルに日付をつけてそうしていた。いや、更に思い出せば、まだキーボードを覚える前、ノートにこんなことをどんどん綴っていた時期もあった。
手書きでノートにこのくらいの分量を書くのはそれなりに大変であるが、キーボードによる打鍵では問題が無い。ローマ字入力でブラインドタッチを覚えてしまってから特に、当てもなく何も無いこんなような文章を毎日のように書くようになった。
やがて、今から10年と少し前、テキストサイトというものからブログというもの――当時はウェブログと呼んでいた――が出てきて、自分もそれをいくつかの方法ではじめて、そこがこういう文章を書き綴る場となった。
ブログのシステムが一般的になる前までは、ほぼ同じようなことをプレーンなHTMLのファイルを使って書いていたこともあった。そんな時期にHTMLもCSSもそれなりに覚えて、テキストエディタで書けるようになった。
それなりに色々書いて、ブログもあちこち始めたりやめたりをくり返しつつ、しばらくはそれもやらなくなった時期もあったが、はてなダイアリーに時々思い出したように書いたり、最近このさくらのブログに乗り換えて移し、こっちでときどき思い立ちこうして誰もきちんと読む事が無いであろう文章を入力してみたりしているのである。