OpenTTD 4096*4096 7回目

投稿者: | 2026-08-01
首都1920

OpenTTD 16beta2の環境で開始する。
前回と異なるのは、NewGRFを一部更新していることくらい。
それ以外は前回と同じ。河川を出現させるとこの環境でおかしな沼地が出てくるので河川無しなのも同様とする。

今回のマップの個別の開発方針(概ね前回踏襲)

・4096×4096の最大マップサイズとする。
・列車と航空機の保有数は最大値の5000。船舶車両は3000。
・初期借り入れ資金は2200万円初期値。
・街の名はJP+で自動的に付けられた名前を漢字表記にする。関わらずに個別に好きな名を付けても良い。
・産業輸送列車の名称は出発地駅名を付け「○○埠頭#001」。
・新幹線や航空機などは「●●線旅客#000」等とし、産業輸送も判別しやすければこれでも良い。
・石油油送船は一律「(油田名)油井丸」とする。
・在来線の平均駅間距離は200、新幹線は400程度とし、駅は基本的に都市のみ。
・新幹線の駅は在来線駅との併設を基本とする。
・新幹線と在来線はマップ端部を一周できる環状線を構築してこれを基本とする。
・駅のホーム・列車長は在来線と貨物路線6、新幹線8、信号間隔は前者8、新幹線は10とする。
・DualGuageの新在併用区間も適宜取り入れる。
・在来線はAC/DCを区別した路線を構築するが、切替駅や産業路線は交直併用とする。
・航空機は航続距離撤廃NewGRFを使うが、同様の機能を果たすオプションも用いて空港間距離の制約を考慮しない。
・貨車の最高速度制限もオプションで撤廃できるが、それをせずに運用してみる。
・航空路線は端部環状のほか、中央部を経由して東西南北などの路線とする。
・端部や中央部の都市は大陸間空港を持つことができる。
・在来線と新幹線はマップ外苑部環状線構築を当初の目標とする。
・乗客と郵便は必ずしも隣駅で降りない行き先配送(対象配送)とする。

NewGRFは基本的にJP+を利用するが、風景や建築物、車両など一部はJapanSet 3も併用する。

テスト・本番環境の構築

以前、車両を購入して運行を開始してから不具合が出て列車がほとんど動けなくなる場合があったので、今回もそれを事前に検証してから本番環境に導入する。このようなテストができるよう、予め小さなサイズのマップ(今回は256*256)、2052年の資金無限環境をテスト環境として用意しておき、車両の導入やその他のテストを行うようにする。

本番環境は、4096*4096サイズのものを作成する。これだけ巨大になると全体を見渡すのも難しいが、大きな水域が多めにあるもの、マップ中心、東西南北端に都市が存在するようなものを選ぶようにする。これは、後の石油輸送事業で潤うためと、鉄道環状線建設時のターミナル、航空路線開設以降の発展がし易いと思うからである。

また今回は、乗客と郵便の分配を有効にして開始する。これらオプションは後から変更することも可能なので、様子を見て変更するかもしれない。

1920年(開始年)

676万8千人でスタート。
まずは13000円程度の価格で、2800人規模の最大人口都市に本社小屋を建設。
本社は自然に建て替えられて最終的にはビルになるが、後の方になればなるほど、移転経費が莫大、資産の1/10になっていくので、今一度決めたら、本社ビルのある首都はもう決してゲームエンドまで動かさない。

今回も、定説どおり、石炭輸送から始めていく。初期資産は2200万円の借入金から。

1925年

758万1千人。9818万円。
いつも初期の経営はこんなに苦しかったか。開始5年でまだ億に達していない。借入金も最大の6600万円を含めてである。設備投資、つまり線路の建設費用がとにかく高いと感じる。これはNewGRFの構成を変更して、JP+のみにしているからだが、前回もこんなだっただろうか……。

前回は1927年には2億を超え、しかも借入金は全額返済しているようであるので、この時期としてはかなり差が出てきている。
現在6つ程度の炭鉱からそれぞれ、1列車で適度な距離の発電所への輸送を行っている。

1936年

765万4千人。21億4300万円。
やっと億に到達し、5億、10億、20億へと至った。単一短距離で輸送していた石炭を、少し遠くの発電所まで運送することにして、線路を複線化して、産出された石炭をピストン輸送するべく、複数の列車による運行にして、やっと順調に収益が安定増加に転じつつあるというところで、何とか前回マップ、あるいはこれまでのマップの平均的な収益レベルに追いついたのではないか。借入金も全額返済。

不都合で放棄したマップは建設費が安く、最初から130km/hの複線を建設できたが、今回のマップでは最も建設費が安い100km/hの非電化路線。それでも随分と高い。
最初は単線で150~200タイル程度の距離の発電所を目指し、そこへ1列車のみで運行し、それを複数箇所建設を進めていったが、建設コストと時間を要するが列車数が増えない限り収益源が少ないので思うように増えない。ある程度の距離、400から500(これはFHDの全画面表示、マップ最小状態で、概ね1画面の対角線の長さ)、あるいはそれ以上750タイル(1.5画面)程度の距離が石炭も石油も運送には最適と思えて、このくらいの距離の搬送先を探して、複線とし、複数の列車で運送していく、つまり石油輸送もそうする、そういう方式を最初から目指していくほうが、収益を早く確保できる。

また、線路は当面100km/hのもので良い。電車線にする場合はまた変わってくるが、非電化の場合、100km/h超えの機関車、貨車が使えるのは1980年くらいまで待たなければならないからである。
この時期の機関車は9600型のSLで、その後、D51を経て、DD51、最終的には1980年代にDF200へと移行していく予定である。

1942年

771万5千人。41億8500万円。
収益は順調に増し始めた。40トン積みのトム貨車に変え、機関車も9600型からD51への更新が完了。

1952年

779万2千人。158億2800万円。

1958年

786万1千人。280億7200万円。
あと2年で海上油田が開発され始めるが、ある程度出現が落ち着くまで様子見か。
その間はやはり石炭輸送に徹する。まだ貨車が75km/h速度のものしかないので、このままD51牽引でやっていく。DD51のDLがもうすぐ出てくるので、それに合わせて高速な貨車が出てきたらそれに更新してスピードアップしていく。
旅客輸送の路線はまだ先だが、首都に、本社に隣接した駅だけ作った。しかしこの駅はまだ通常規模、2ホームのみで大規模本格的なターミナル駅の開発はまだ先。

1960年

789万3千人。325億7400万円。
既に1960年も8月となり、海上油田が多数出現してきている。事業の計画を立てねばならない。それと並行して、首都近辺の、初旅客線路線を電車線として建設中。これが一段落してからでも石油輸送事業着手は遅くはないだろう。

1968年

805万7千人。478億7千万円。
実はまだ石油輸送事業に着手できていない。と言うのも、幾つかトラブルが重なったからである。一つは初の旅客路線に、70系電車を投入したのであるが、この車両モデルが、かのクラッシュエラーのモデルで、終点に着いた途端にエラーメッセージが出た。テスト環境で試しても同様。毎回、使ったことのない車両を投入する場合はテストをしてからやるはずだったのだが、高をくくってというか、この車両に関しては怠っていた。
導入前の時代に戻って、やりなおしである。
その、旅客線は中々収益が出ず、この度ようやく、僅かな黒字になりそうなのである。

また、石炭輸送車両の改善・更新も試みた。これまでD51+トキ15000の構成で、最高速度75km/hだったのが、最高速度95km/hのDD51が出て、さらに貨車もホッパ車ホキ800が出た。ホキ800はトキと同じ75km/hが最高速度なのだが、車掌車ヨ5000を最後尾に連結することによって、85km/hまで増速できる。
この増速編成に、全編成を入替えするのに時間を要した。

通常、車両の更新機能を使って更新することも出来なくないが、今回は新編成を全部同じ数だけ投入して、旧編成を車庫に戻らせた時点で、売却することで入替を行った。
新編成で増速している文、また、貨車の積載量も増えているので、従来より少ない編成数で運送できる。これは、しばらくして運行が安定してくると、車庫に待機列車が生じてくるはずなので、これが何列車も待機しているようであれば供給過剰ということになるので、その場合は待機している列車を売却する。

1973年

820万800人。629億円。
いよいよ石油輸送事業を開始。最初の水域から適度な距離の製油所を探し、そこへ線路を建設して列車を運行させ始めたタイミングで、製油所が廃業するトラブル。今回は初回から遭遇した。付近に代替となる製油所も見当たらないため、初回から1億5千万円を投じて新たな製油所を自社で建設する羽目に。このトラブルは完全に防止することが中々難しい。
しかし、事業開始が少し後になった分、タンカーも後発のモデルが登場し、石油運送に使う貨車も、機関車、コンテナ車・コキフとの組み合わせで100km/hでの運送が最初から可能であった。

また、その後、付近の都市へ商品を搬送する路線も建設し、石油輸送の帰りに商品を持ち帰る最終形態での運用も始めたところである。
石油輸送事業は、あえて急いで始めず、少し待ってから始めるのも一つの手段と思われる。

1977年

1977

831万4千人。755億400万円。
まだ石油輸送ルートは上記の1ルートのみだが、首都近郊に、ターミナル駅を建設した。6面のホームを持ち、Dualゲージで新幹線も在来線も入線できる巨大な駅である。ここには将来多くの列車が発着する、正に首都の駅となる。駅舎は東京駅の建物を設置した。
直流電化の在来線と、新幹線用の標準軌路線、それぞれの車庫と、どちらも入線できるDualゲージの先の車庫を設置して、これは車両工場となる。

1991年

873万4千人。1387億200万円。
交直切り替えもある南端駅を建設し、その後はまた石油輸送ルートの開拓。
また、石炭輸送の来るべき110km/h化を目指して、線路の更新作業にも着手。

1998年

895万1千人。1804億4800万円。
南端駅に続き、北端駅も同規模のものを建設。これらは新幹線、在来線ともに3ホームを有する。交直切り替えの駅で、共に車両工場も併設している。0系Dr.イエローや直流・交流ELを使って路線の運行テストも行った。多分、首都駅と合わせて、複雑な構造を有する駅の建設はこれだけ。次は東西端の駅を建設して、環状線建設に入る予定である。

石炭輸送は、まだ開発余地があるところだが、DF200が登場したので、DD51から更新。また、1996年頃になってようやくヨ38000が登場し、これを最後尾に併結することで、110km/h運転が可能となり、石炭輸送の形が完成する。
これに合わせて、各石炭輸送路線は100km/hグレードの線路から130km/hまで耐えられる非電化線路へと改修を完了している。

今後は、石油・商品ルート、旅客の環状線建設、たまに石炭輸送を適宜切り替えながら作業をしていく予定である。航空機のための空港建設は、またタイミングを考える。

2006年

917万2千人。2319億9400万円。
東西端の駅を建設。その後、石炭輸送ルート1、石油輸送ルート1を構築。

2012年

936万7千人。2835億1100万円。
南端駅から西端駅方面へ環状線の建設を着工。完成した区間は少しずつ、試験電車編成を走らせていく。

2029年

990万9千人。4365億8800万円。
環状線の延伸工事をしつつ、石油輸送ルート、水域開発を拡大中。巨大な水域、多数の油田が開発されている場所を見つけたので、これからそれに取りかかる。

放棄マップ

以下は、15年運用してみたものの、途中で開発を断念した案件。一応記録だけ残しておく。

1920年(開始年)

688万7千人でスタート。
今回、JapanSet3の鉄道車両も併用する。これは、JP+にない車両、例えばキハ20系を運行したいなどによる。ただし、JapanSet3の電車や新幹線は、JP+の線路では走らせられないものがほとんどであるようだ。

1925年

773万3千人。2億6百万円。
開始時点で16beta2に更新。定番というか、定説というか、石炭輸送から開始。一番人口が多い都市に既に本社社屋は建設済。
今回のマップは何故か、線路を撤去した時にほとんど収益・リターンがない。尤も、収益はそもそも僅かであって、それに期待しているわけでもなく、資産が増えれば大きな問題にはならないと思っているが。そういう仕様変更なのだろうか。
今のところ、資金調達は順調である。

1930年

771万5千人。10億32百万円。
なんとか10億円を稼いだ。
線路の撤去費用の動作について調べた。16beta1においても同様であって、仕様変更とかではなさそう。
前回と違うNewGRFとして、JapanSet3の車両を導入したが、原因はこれだった。このGRFを併用すると、路線の建設コストがJP+だけの時に比べて1/10かそれ以下に激減する。電車線では線路撤去で僅かな戻り、土地売却益と思われるものが発生するが、非電化路線ではほぼゼロ。そもそも建設コストが安いので、戻りの売却益がほとんどないという状況になるようだ。
戻りがないのはなんだか損しているような気もするが、そもそも建設コストがかなり安い状態なので、今回はこのまま進めてみる。

1945年

785万7千人。102億7千万円。
石油開発の開始まであと15年。100億円を超えた。今はまだ石炭輸送の開拓で資金を増やしつつある状況。
旅客と郵便は分配する方向のオプションにしているが、このオプションは途中でも変えられるようだ。将来、思うように収益がない場合は変更してみるかもしれないが、とりあえずはこの運用で行こうと思う。前回マップを開いて試したところ、整備した駅数でも計算による動作速度低下は見られなかったので、今回も駅数はそんなに変わらないはずなので、そこは問題無さそうである。

オプションは途中でも変更できるものがあるなら、貨車の最高速度制限は、やはりあったほうが良いかと思って、そこを変更してみた。

1952年

790万9千人。177億4300万円。
ここまでマップが育ったが、どうにもオプションやその他、気に入らない部分が生じてきて、というのも、線路撤去の戻りの件がとても気になる。もちろん影響額の問題ではないのだが、とても気になるので、早いうちにやり直すことにして、このマップはここでやめて、もういちど1920年から、新たなマップとする。
JapanSet3で使いたい車両があったのだが、それはJapanSet3用の線路でなくては運用できないらしいので、結局このGRFを加えた意味が乏しかったのである。